325333 ランダム
 ホーム | 日記 | プロフィール 【フォローする】 【ログイン】

とりかへばや物語 その5

あかねの姫の語れる

 今、宇治に来ています。
 先帝の八の宮という方が、こちらで仏道の修行をしていらして、留学生として唐にもいらしてとても博学だとうかがったから、お話しを伺いに来たの。というのは表向き。本当は、逃げてきたの。もう、疲れちゃった。あちらにもこちらにも気を遣って、緊張して、自分を見失いそうで……。
 八の宮には、それが伝わったみたい。私の秘密も、見抜かれたみたいだわ。でも、聖だから、友雅さんみたいにはしないわよ、もちろん。いたわってくださって、姫君方の……ああ、姫君がお二方おいでになるのよ、そのお部屋の近くにお部屋をくださって、私、お姉さまの方とお友達になっちゃった。優しくて品がよくて、すてきな方よ。妹姫の方は少しおやんちゃなようだけれど、どちらの姫君も、私とよく気が合うわ。とても楽しい。
 あんまり楽しいから、滞在がすごく長くなってしまって、頼久が迎えに来たの。
 頼久は、もちろん、私が女なのを知ってる。私が変なことにならないよう、いつも守ってくれているわ。でも、今回は、頼久を京においてきたの。すごおく怒ってたけど……。だって、私より、永泉の君についててあげてほしかったから。
 東宮御所で何かあったのかしら、永泉の君、最近、すごく不安定だったの。毎朝、ご機嫌伺いに行くんだけど、何か言いかけてはやめて、やめたかと思うと、急にすすり泣きはじめたり、なんか、訳わかんない。どこか病気なのかもしれない。宿下がりとかすることになったら、警固が大変なの。一目みたいって公達が寄ってくるから。頼久がついててくれれば安心だもの。
 そうやって言ったんだけど、まだ怒ってた。私は特別なんだって。私の警固も、人任せにはできない、したくないんだって。うれしいけど、頼久が友雅さんみたいにしたらどうしようって、ちょっと不安になる発言だったわよ。四の姫と結婚する頃だったかなあ……口づけされたことがあるの。特別ってやっぱりそういう意味なの?
 
 逃げ出してきたんだけど、やっぱり、私、友雅さんから離れられそうにないことがわかった。頼久が文を預かってきてくれてて、それ読んだら、すごく逢いたくなっちゃったもの。頼久には悪いけどね。
 八の宮にご挨拶したら、
「お気持ちの整理はつきましたか」
って、やっぱ見抜かれてた。親切にしてくださったお礼を申し上げて、頼久が持ってきてくれた布とかいろいろの生活必需品を差し上げたら、お礼に、唐渡りのお薬をたくさんくださったの。なかでもすごいのが、一晩で髪が三寸(10センチくらい)のびるお薬。これ、そのうち役に立つかしら? 



橘少将友雅の語れる

 あかねが宇治から帰ってきた。帝も大喜びされて、右大将として、さらに自分の側から去らぬよう命じられた。あかねはなんと、私の上司だよ。どうやってさらっていったらいいのだろう?
 そう、私は、あかねをさらってしまいたいのだ。これ以上、人目にさらしたくないし、帝のお側にもおいておきたくない。独り占めしたいのだ。
 機会は巡ってきたよ。
 あかねは、毎月の物忌みの時、乳母の家に隠れる。私は、その家を、頼久から聞いて訪ねていったのだ。
 乳母の家では、あかねは女の姿でいた。見慣れた男姿とは違って、なんと新鮮でしっとりしてゆかしい風情でいることだろう。思わず抱きしめてしまった。気兼ねなしにいられるところだから、好きな時に好きなように抱き合ったり愛し合ったり、 いつもなら7日ほどの物忌みであるところを、10余日も引き延ばしてしまった。さすがにそうなると、帝からもお尋ねがあったというし、大納言様……今は大臣で関白におなりだけれど、迷惑をかけてもわるいので、 二人別々に乳母の屋敷を出ることにした。
……その、ふた月ほどあとだ。あかねが体の不調を訴えたのは。
「何も食べたくないの。食べ物を見ると吐き気がする。赤ちゃんがおなかにいたときの四の姫と同じだよ、まさか、私にも?」
 そのまさかだよ、あかねの姫。いや、今では、あかねの御方と呼ぶべきか? 私の妻なのだから……。
 いつまでも公務に出しておくわけにはいかない。宮中で出産なんてことになったら、あかねの秘密がみなにわかってしまう。大切な人だ。守ってやらなければ。
 宇治の別邸を手入れして、あかねがあちこちにさりげなく別れを言うのを待って、宮中の管弦のお遊びの流れで一緒に退出する振りをして、あかねを連れ出した。
 小さい頃から手元を放さなかった笛。私が手ほどきをした笛。女が手にする楽器ではないから、あかねはこれを限りと吹き立てている。
 あかねの影のように警固をしてきた頼久もついてきた。
「お小さい頃からお世話してお守りしてきた姫様です。最後までお守りします。」
 あの忠誠心はどこからくるのだろう……? 私があかねに感じている想いと同じものなのか、それとも……? 一度聞いてみたいものだ。

 宇治の別邸について、女の装束を着せ、結っていた髪もおろさせた。化粧は私がしてやった。今まで逢ったどの姫よりも気高く美しい姫になられた。男姿のなごりで髪が短いのが難点だが、八の宮にいただかれたという髪の伸びる薬が効いてくれば大丈夫だろう。この姫こそ、私の理想の姫だ。心を込めてお世話しよう。初めて本気になれるものを手に入れた気がする。本気とは、こんなに熱く持ち重りのするものだったのだ。以前は、この熱さと重さに耐えられなかったが、あかねの姫が与えるのなら、何でも受けよう。
 私の大切な人。


次へ


© Rakuten Group, Inc.